グレン・ケスラー氏、27年在籍のワシントン・ポストを退職
2025年7月末、アメリカの有力紙ワシントン・ポストで長年「ザ・ファクトチェッカー」コラムを担当してきたグレン・ケスラー氏が退職しました。1998年に入社し、2011年からは事実検証専門のコラムを率いてきた第一人者。政治家や公的発言の真偽を独自の「ピノキオ評価」で判定するスタイルは、多くの読者にとってファクトチェックの象徴でした。
今回の退職は、同紙が進める人員削減・経営再編の一環であるバイアウト(早期退職優遇制度)によるもので、後任は未定とされています。
ケスラー氏の功績と「ピノキオ評価」
ケスラー氏の「ピノキオ評価」は、発言の正確さに応じて1〜4本のピノキオを付けるシンプルかつユニークな手法です。これまでに手がけた記事は3,000本以上。大統領選や国際的なニュースの中で、SNSやテレビで飛び交う発言を検証し、誤りを指摘してきました。その影響力はアメリカ国内にとどまらず、世界中のジャーナリストやメディア関係者から注目を集めてきました。
ピノキオ評価とは?
1ピノキオ=Mostly true:一部誤認や事実のつまみ食い
2ピノキオ=Half true:重大な事実欠落や誇張
3ピノキオ=Mostly false:深刻な事実誤認や明白な矛盾
4ピノキオ=Whoppers:大うそ
ピノキオは「不名誉な称号」として米政界で定着。認定された政治家はすぐに発言を撤回・修正するのが常だが、トランプ氏は指摘も気にせず発言を繰り返しています。
SNS時代とファクトチェックの必要性
ケスラー氏の仕事がこれほど注目された背景には、SNSの存在があります。X(旧Twitter)やFacebook、YouTubeといったプラットフォームでは、真偽不明の情報が瞬く間に拡散します。しかも、人は「信じたい情報」ほど共有しやすい傾向があります。
この環境では、報道機関による事実検証が重要な役割を果たします。誤情報が広がった後に訂正しても、元の情報ほどは広まらないという「ファクト・ラグ(fact lag)」の問題もあり、検証のタイミングと拡散経路の工夫が求められます。
ファクトチェックの限界と課題
ファクトチェックは万能ではありません。検証記事が出ても「バイアスがある」と批判されることは少なくなく、政治的立場や価値観によって受け止め方が大きく分かれます。また、SNS上では「事実」よりも「感情的な物語」の方が拡散力を持つため、事実を提示しても人々の意見が変わらないこともあります。
さらに、近年ではメディア業界全体が経営難に直面し、ファクトチェック専任のチームや記者を維持するのが難しくなっています。ケスラー氏の退職も、こうした流れの一部と言えるでしょう。
報道の在り方はどう変わるべきか
これからの報道は、速報性と正確性の両立がこれまで以上に重要になります。SNSでの一次情報は早く拡散されますが、正確性は保証されません。AIツールを活用して初期検証を行う試みも進んでいますが、AI自体も誤情報を生み出すリスクがあり、人間による確認は不可欠です。
また、海外では「読者参加型ファクトチェック」も広がりつつあります。市民や専門家が共同で情報を検証し、その結果を共有する仕組みです。こうした新しいモデルを組み合わせることで、より多層的で信頼性の高い情報発信が可能になるでしょう。
ケスラー氏退職が示すもの
グレン・ケスラー氏の退職は、一人の著名ジャーナリストのキャリアの節目であると同時に、報道の信頼性をめぐる転換点でもあります。彼が築き上げたファクトチェック文化は、個人の力量だけでなく、組織としての姿勢に支えられてきました。
これからは「特定の人物に依存する信頼性」ではなく、報道機関全体としての透明性と検証体制が試されます。SNS時代の情報環境は厳しく、誤情報との戦いは終わることがありません。しかし、事実を丁寧に検証し続けることこそが、報道の存在意義を守る唯一の道です。
まとめ
グレン・ケスラー氏の退職は、ワシントン・ポストにとってだけでなく、メディア全体にとっても大きな出来事です。SNSが情報の流れを支配する今こそ、ファクトチェックの文化をどう継承し、進化させるのかが問われています。報道とSNSの距離感を再構築し、事実に基づいた公共の議論を守るための仕組みづくりが急務です。
引用元
- Washington Post – About The Fact Checker
- Washington Post – Fact Checker: Falsehoods Glenn Kessler
- New York Post – Glenn Kessler takes buyout
- The Wrap – Washington Post’s Glenn Kessler Exits
- Wikipedia – Glenn Kessler
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